2011/12/16

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ついにお腹壊さなかったぞ。…と思ったら風邪引きました。勝因は刻み唐辛子をノケる技術を覚えたこと。敗因は土曜の晩のエアコンの温度設定(たぶん)。4年ぶりの訪タイだっつうのに病み上がりですでに曖昧になったタイSX取材記憶の記録。

出発は水曜日の早朝。いわきから成田は2時間あれば十分だろうと思ったら、牛久から成田が思った以上に遠くて、乗り遅れを覚悟しました。ギリ間に合って、荷物も預けられて、でも雑誌買う間もなく搭乗。メシ2回食ってバンコクに夜着。翌日、朝からテキトー街歩き。トンブリー地区っていうのかな。川向こうを攻めたんだけど、気がつけばワットアルンはどんどん遠ざかるわ、お巡りさんに地図見せてもちんぷんかんぷんだわで、途中ボート乗ったりしながらひたすら歩いた。夕方、プレスカンファレンが行われるホテルに行ってライダー一行と合流。

金曜日、朝からプレスカンファレンス。終わってご飯食べてバスでスコータイに移動。スコータイついたら遺跡公園で盛大なウェルカムパーティが用意されてて、歴史舞踏やら熱気球やら、もうみんな感動。

土曜日練習走行。
日曜日決勝。

月曜日、スコータイからバンコクへ移動。
火曜日早朝のフライトで帰国。ゲホゲホ。

書くこといっぱいあるんだけど、まだボーッとしてるんで、また改めて。
トンチャイさん、タイのみなさんありがとうございました。

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2011/12/07

デンゲン

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モーターショー見てきました。平日(月曜)でもかなりの人出で、どのメーカーさんもメインステージには近付くことすら出来ない状態。人垣見るのに1500円はちょっと高い気もしましたが、それだけ関心が高いってことなんでしょうね。プレスデーか関係者招待日に行かないと話にならんと散々言われてきたわけで、ステージを立体にするとか、もう少し見せる工夫出来ないのかなというのが正直な感想。

一通り遠巻きに歩いただけだったけど、世間知らずな身としてはいろいろ勉強になったし、自転車駐輪場は入場ゲートのすぐ近くだったんで、まぁ、いいかという感じで帰って来ました。

EV。実際は原発事故で微妙なんだろうけど、これはもう、時代がそうなるって言うならお好きにどうぞって感じ。ただ、震災のときどうだったんだっていうアプローチはあっても良かったんじゃないかと思いました。特に2輪は、津波からの避難に際しても、直後の物流や移動、連絡に関しても現実役に立ったハズ。今こそバイクを持とうってくらいの打ち出しがあっても良かったんじゃないかな。あと、アイドリングさせとけば電源取り出せるスクーターなんかあったらいいなと思った。

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2011/11/30

チューブ

忘備録だと思ってた備忘録…その続き。

昨日MFJモトクロス委員会が開催されたわけだけど、どんな内容の会議だったのか、何が決まって何が決まらなかったのかは、MFJライディングの発行を待つ以外ないわけです。

で、ふと思ってどこにも書いてなかったので(たぶん)書いておこうと思ったわけですが、来年近畿大会が1大会になるとしたら、その代替えレースは中部でやるべきだろうと思った次第。

もともと中部大会が出来なくなったから近畿大会が2開催になったんじゃなかったでしたっけ?
四国大会の代わりに中国大会が2大会開催されてるんですよね?

中部ってのは、まさに日本のど真ん中エリアなわけだし、それこそメーカーが重要拠点を置くホームなわけけで、今こそ中部で全日本をやろうという気概と行動が必要なんじゃないかと思った次第。

なんとかならないのかな。

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2011/11/25

トッププライベート

いいこと考えたと思ってもすぐに忘れるからね。忘備録だと思ってた備忘録。

前に書いたIAのオフィシャル賞金対象からワークスを除外し、プライベーターのみ授賞とするというアイディアに付随して、トッププライベーターを必ず表彰台に上げてはどうだろう。

優勝ライダーのチーム監督を表彰台に上げようというのは関東では未だにやってもらえないけど、他の大会ではかなり定着して、いい感じになったと思う。中国みたいにメカニックを上げるというのもあっていいし、ホールショット賞とか独自の表彰もあっていい。でも、トッププライベーターの表彰はマストにすべきだと思う。

スポンサーへのアピールはもちろん、プライベーターにとっては大きなモチベーションになると思うのだ。

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2011/11/23

デキルカナ

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マディで始まりマディで終わった全日本モトクロス最終戦関東大会取材、その記憶の記録。

木曜日にいわきから東京に戻ってきた。金曜日午後、印刷ピックアップして途中カインズホームで簡易テント購入して会場へ。藤田家、佐伯家、畑尾家とパドックミーティングをハシゴして就寝。

土曜日、雨の中予選、決勝取材。いやはやドロドロプチプチ。終了後清河寺温泉入ってそうまで佐伯家、國部家と晩ごはん食べてパドック戻って就寝。

日曜日決勝取材。終わって会場で写真の取り込み&データ作成&レポートの下準備。夜清河寺温泉で入浴、晩ゴハンして元木君企画のパーティへ。2時頃退席しクルマで仮眠。5時に起きるハズがなかなか起きれず、6時前にやっと作業開始。9時に一旦切り上げて移動。自宅帰って気絶。夕方トーチュウのレポート作成。まだまだ仕事が終わんねぇ。

久々に実況担当した仁さんの声、みんな聞き取りやすいと言っていた。ボクもそう思う。でも、さすがにブランクがあって、レースに付いていけてなかった気が。スタートやフィニッシュの花火など、演出も頑張ってましたよね。スタッフさん泥んこの中お疲れさまでした。

ホンダのレポートには、たびたびホームコースという言葉が出てくる。前回のHSRはホームコースかも知れないけど、オフヴィは違うんじゃね? タイトルの地元コースが正しいと思う。もしホームコースなら、施設管理にもっと協力してもいいんじゃないかな。

MFJのレポート、ここ2戦くらい良くなりそうな兆しがあったけど、またクオリティが落ちた。バカが移りそうなのでちゃんと読んでないけど、来年はしっかりやって頂きたい。オレもね。出来るかな。

人口の3割くらいが関東に住んでるんでしたっけ? ある意味当然なのかもしれないけれど、やっぱり大勢のお客さんが来てくれると嬉しいです。ライダーも気合入ったんじゃないかな。嬉しいこと、悲しいこと、いろいろありました。とりあえず今年も全10戦取材出来たことを関係者の皆様に感謝します。ありがとうございました。

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2011/11/19

ひしゅぎむ

IA1の賞金がいくらくらいかどっかの公式通知にあったんだけど、只今失念中。優勝するとヒートで20万円くらい?

これ、ワークス及びメーカー契約のあるライダーは辞退させてはどうだろう。ワークスライダーって守秘義務なのか税金対策なのか、契約金の額を公開しないけど、どうなんだろ。成田君で2~3000万くらいはもらってるのかな? 本当は1億くらいい稼いでて欲しいけど、そんなには貰ってない気がする。で、まぁそれはそれでおいといて、メーカーと契約してるライダーは予め収入が保証されてるわけだし、大抵は賞金のオプションもあるんだと思う。だったらそれらのライダーには、大会の微々たる賞金なんて遠慮してもらって、プライベーターに回すべきなんじゃないかと思った次第。

来年のIA1クラスがどうなるか考えていて思いついたこんなんだけど、決勝でプライベータートップになれば25万は稼げるぜってなったら、それは大きな目標になると思うんだよね。両ヒート揃えたら50万。これがないと竹槍でマシンガンに挑むみたいになって、結果ワークスが美味しいとこ全部さらって行く図式になっちゃうんじゃないかと。その分IA2は賞金少なくていいと思う。…今だって少ないから、少ないままでいいと言うべきか。

IA1上がってプライベートトップになれば年間4~500万は賞金で稼げるし、ワークス入りのチャンスも手に出来る。IA2なんて通過地点だよ。…ってなったら、みんなのモチベーションが上がるんじゃないかと思った次第。

どうだろ。これまたどうでもいいけど、守秘義務なんだね。ヒシュ義務だと思ってた。

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2011/11/18

年間パス

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度々取り沙汰されてきたとは思うけど、全日本選手権観戦用の年間パスを販売してはどうだろ。全日本モトクロスの前売り券が2000円だとして、2000×大会数。パス料金は若干値引きするか、あるいは若干高めに設定して、その分VIP駐車場を利用できるなどの特典を付けてもいいと思う。

MFJ本部でのみ販売する。大会収益は若干減るかもしれないが、その売り上げを大会のプロモーション費用に当てればメリットは出ると思う。事前告知を地元メディアにリリースするだけなら予算も数万円で済むだろう。数人がパスを購入してくれただけで、プロモーション活動を開始できる。

数年前の開幕戦で実際にテストしたことがあるが、大会の概要と地元選手の紹介をリリースしただけで、結構な反響があった。要は地元のメディアをどれだけ精査し、的確に情報リリースするかという手間の問題。地域FMなどは、その地域に関することならほとんどどんな情報でもオンエアしてくれる。「学校に通いながら全日本のチャンピオンを目指している。」「男勝りのスポーツに女の子がチャレンジしている。」…LMXの伊集院選手が度々新聞や雑誌、テレビなどのメディアに取り上げられるようになったのは、お父さんの友人に通信社勤務の方がいて、その伝がきっかけだったそうだが、現状、一般のメディアに向けてほとんど情報が発信されていない(発信しているのかもしれないけれど、的外れとなっている?)現状では、数あるメディアだってニュースとなるネタがあることすら知る機会がないだろうし、宣伝も普及もままならない。

自分が払った年間パス代が大会の発展に貢献すると分かれば、熱心なファンは喜んで購入してくれると思うし、どこからかは知らないがタダ券を手に入れて入場している関係者なども協力してくれる気がする。この先大きな予算を取り込むことはますます難しくなるだろう。少ない予算を効果的に使って大会を発展させる。そんな可能性はまだまだあるんじゃないかと思っている。

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2011/11/13

マンゾクド

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例年第9戦でチーム(会社?)からの内定があって、最終戦で仮契約…な流れだったらしい。ライダーの契約や移籍に関する話です。

それが今年は震災の影響でレーススケジュールが大きく後にズレた。でも会社(メーカー)の年度予算や来季の計画立案時期は変わらないから、今年は第7戦の中国で内々の話があって、先日の九州で仮契約…みたいなパターンが多かったと聞く。大型移籍のウワサもずっと出ていたし、条件が合わなくて余所と話をしたり、来季の契約がなくなって「どうするの?」と心配されてるライダーも何人かいた。ライダーとしては正に死活問題。生活そのものに直結することだから、みんな必至だし、それぞれ大変だ。

一方で、来シーズンから施行される25歳の年齢制限。来年、2013年中に25歳以上となるライダーはIA2クラスを走ることが出来ない。第9戦のエントリーリストを参照すると、井上、押川、尾崎、山本、小方、渡辺、桑垣、星野裕、中村、加藤、須田の各選手はすでに規定年齢を超えており、高原、斉木、多田、島崎各選手他数名が該当することになるのだと思う。おそらく全体で15名を上回る選手がIA2に残留出来なくなり、IA1へのスイッチを強制されるわけだ。

ボクは年齢制限の基準を「世界」に合わせて22歳にすべきだと主張してきたし、個人的にはこのルール改定を肯定的に考えてきた。でも、そのルールに今、無理があるのではないかと思い始めている。先の委員会議事録には、「来年からIA1の増加が予想される」とあるが、果して本当にそうなるのだろうか。

IAクラスには10名を超えるワークス及びセミワークスのライダーが参戦している。ファクトリーマシンと言う圧倒的な戦闘力を持つマシンで参戦するチーム、ライダーもいれば、先行開発を目的に量産ベースのマシンで戦いライダーもいて体制は様々だ。ただ一概に言えるのは、彼らは完全なプロフェッショナルで、少なくともシーズン中の収入が保証され、レース参戦の費用も恐らく会社が負担しているのだと思う。先の15名の内の何人かはそのチャンスを手に出来るかも知れないが、大多数は自ら80万円を超えるマシンを購入し、家族や仲間がボランティアで活動を支え、自費で遠征しレースに参戦することになる。それもモトクロスの面白さではあるが、それはまるで機関銃と竹槍の構図で、馬と鉄馬の違いこそあれ、風車に突進するドンキホーテの物語を連想してしまう。

メーカー系のチームだって実情は大変なはずだ。震災、円高、タイで起きた大水害…。今年起きた「未曾有」の出来事を考えると、このまま日本のレースは続くのだろうか不安になる。サブプライムローン問題による経済危機を主な理由ホンダがF1活動を休止すると発表したのは2008年の12月5日でついこの間の出来事だ。ホンダワークスHRCも2シーズン活動を休止。HRCは今シーズン活動再開を果したが、今現在、2輪メーカーを含める国内の産業界が直面する危機は、3年前を遥かに上回るのではないかと想像する。予算の削減はおそらくずっと続けられてきた。削れるものは全て削って、もうこれ以上削る予算が無くなったら、あとはきっぱり止めてしまうか、バッサリと切る以外ない。今のところメーカーチームに止めるという動きは見られない。でも、12/5の例もある。決して予断は許さない。

あくまでも個人的な意見だが、全日本モトクロス選手権を含めたMFJのレースというのは、個々のライダーや観客ではなく、メーカーの意向を最大限に反映させることを、発足当時から基本にして来たのだと思う。その成り立ちの根本を変えなければ、普及、発展はおろか、継続さえ危ういのではないかと危惧するのだ。経済はおろか、足算引算さえ苦手なので誰かに解説をしてもらいたいくらいなのだが、MFJの決算報告を見ると、メーカー、施設が支払っている特別会員会費よりも、個人会費の方が圧倒的に多いことが分かる。選手会はライダー(会員)の意向をどう伝えているのだろうか。会員(ライダー)を窮地に追い込むのではなく、満足度を高めることを最優先するのがMFJの役割ではないのか。参加者、観客が楽しみや幸福、夢を見いだせる全日本への改革が急務だと思う。時間はない。沢山の知恵と労力が必要となるだろう。しかし、何もかも失い、ゼロどころかマイナスからの復興を目指す東日本大震災被災地のことを思えば、それが決して不可能だとは思えない。

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2011/11/12

ドロドロ

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何しろ泥んこだった九州大会。

IA2H1、オフィシャルさんが優勝した加藤吏一と星野 裕を間違えてフラッグを振ってしまい、ライダーどころかリザルトまでスタック。2年ぶりの全日本開催。同じチームで同じマシンと同じヘルメットと同じウェア。間違えて仕方ない状況だったかもしれないけど、全員ドロドロになってる中で、二人を間違えたところがある意味スゴいかも。

実況MCの方も今回はトランスポンダーのリアルタイム計測を見てなかったのかな。途中から順位の把握が出来てなかったし、プレスも「あれ、井上と星野、どっちも止まったよね?」なんて状況で、木田も吏一がトップだとは正直分かっていませんでした。そんな中で、星野裕に、念のためもう1周行けと檄を飛ばしたメカニックさんの判断は素晴らしかった。プライベート体制で幾度となくワークスを蹴散らしてきたTEAM TAKASE。さすがだなと思いました。

レディスも計時のトラブルがあったみたいで、どちらも正式結果が出されたのはレース終了後かなり時間が経ってから。IA2H1に至ってはスタートから8時間以上が経過していたし、MFJの公式リザルトからLMXだけラップチャートが外されてるところを見ると、それはそれで何かトラブルがあったんだろうなと推測できます。

審査委員の方々も大変だったんでしょうけど、あのコンディションだから仕方ないのかなと思う反面、ライダーたちは目の中まで泥泥にして、まるでチョコフォンディみたいな姿になって戦ってたわけで、この経験を必ず次に活かしてくださいとお願いせざるを得ません。

後日MFJのサイトに修正が掲載されたけど、「11/8に掲載したものから再修正しております。閲覧された皆様にはご迷惑をおかけいたしました。」って書いてあるけど、元々総合は掲載してないし。まだ混乱は続いている模様。

とかいいつつ木田も取り返しのつかないミスを犯してしまいました。「タイトル決まりましたよね?」とパドックに駆け付けて、「たぶん決まったと思います。」と邵選手に伝えてしまいました。事前にあれほど計算して、決定のパターンを書き出しておいたハズなのに。これは本当に大反省。邵さん本当にごめんないさい。両選手集中力を切らさずに、最終戦、全力でタイトルを争ってくれることを願ってます。

写真は、このところ一発来てくれそうな予感を抱かせ続けている齊藤 嵩選手。最終戦、地元関東大会期待してます。しかし、真っ直ぐ走ってても転んじゃうんだもんね。なんか自分がやってることとダブってしまい、他人事とは思えない九州大会だったのでした。

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2011/11/11

でもシアワセ

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今までで1番遠かった九州大会取材。その記憶の記録。

木曜日東京に戻って金曜日に印刷ピックアップして、水戸で出て入ってして、北関東道を走り始めたのが午後2時。東京から1200km。行って戻ってで200kmだから1400kmだなと思ったら、本当にそうでした。途中九州入った最初のSAで1時間仮眠のつもりが2時間寝てしまい、慌てて起きて大津に着いたのが8時くらいだったかしら。コンビニ2軒回って会場入り。そのまま予選取材。
HSRの井上さんが「近くにいい風呂出来たんだよ。」と教えてくれて、会場から5分ほどの大谷の湯で入浴。TEや西村家がいた。さすが情報早いよね。パドック戻ってコウイチんとことハマーんとことタカセんとこでパドックミーティングにプチ参加。頑張って11時くらいまで起きて就寝。
雨の中決勝取材。成田選手のV100、三原、成田両選手のタイトル決定。全て泥の中。レース後泥のような疲れを(って実際泥々だけど)大谷の湯で流して大津か菊陽のコンビニ裏の駐車場で作業。あっ、その前に文化ラーメン食べた。そうだ土曜のお風呂の後にも食べた。日曜日なんかラーメンと一緒に事務局の方に頂いた残り物のお弁当まで食べた。
月曜日、昼前に一旦作業終了。熊本手前で洗車して下道移動開始。福岡を目指したけど、最短距離を見たら筑豊通るルートがあるじゃない。途中コンビニで作業したり、ダラダラしながら田川へ。駅裏駐車場に入ってアーケードのある商店街の外れの居酒屋で晩御飯。香春岳見たのたぶん30年ぶりだ。日本一周のときVanVan125で来たのよね。
火曜日、関門海峡まで下道で走って、トンネルで本州に渡って、高速乗って山口へ。株式会社モトクロスの松永さんを訪問。マッドオフさんも挨拶行きたかったけど都合がつかなくて、一旦山陽道のどっかのPAで寝て、12時待って三田まで走って、松屋の駐車場で再び就寝。朝、コインランドリー開くの待って洗濯。ドロドロになった衣類が臭いを放ち始めていたのだ。その間にレポート1本。昼、田中教世君とミーティング。午後、時計回りルートで京都に入って2日ぶりになんとか温泉で入浴。身も心もクルマも車内もさっぱりして魚政へ。3時過ぎまでオッサントーク全開。
木曜日(ゲッ)、北陸道経由でいわきへ。つまり今回もなんだかんだの1週間。往復3000kmはさすがに疲れた。いや、思ったよりは疲れてないかな。チッキショー!! なこともあったので、明日はしどきでモトクロスしちゃうんだもんね。またドロドロだ(笑)。でもシアワセ(たぶん)。

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